悪魔と天使とお化け屋敷 後編






 売り言葉に買い言葉とはこの事だ。

 「い、いいわよ!?入ってやろうじゃないの!」

 入る前から倒れそうな状態でよく言うわ、と自分でも思う。だけどここまで来たら引き下がるわけにはいかない。

 「そうですか、では僕達はここで待っているのでどうぞ」

 驚くほど清々しく爽やかに笑う美少年に一発かましてやりたい気持ちを必死に堪えながらこっちも無理矢理作った笑顔で一人、足を踏み出した。









 「あ・・・無理」

 入ってすぐに悟った。薄暗く何処からか恐ろしげなBGMが流れて来るだけで既に吐きそうだ。
 これより先に進んだら明らかに何か出る、と思う。目の前にある井戸は間違いなく幽霊が待ち構えているはず。

 分かっているなら、と思うかもしれないけどそう言う問題でもない。分かっていても怖いし、幽霊になんて会いたくない。

 「・・・・・・」

 完全に立ち往生だ。戻るわけにも行かないし・・・どうしよう。

 しばらく考えて出した結論は物凄く古典的なものだった。

 目を瞑って走り抜ける!

 どうやら道は直線が続いているようだし、何とか走りきれるだろう。と言うか走り切らないと。


 まずは大きく深呼吸をしてアキレス腱を伸ばす。お化け屋敷内で準備体操する客なんてあたしだけじゃないのか、なんて思いながら目を瞑る。

 そして心の中で1,2,3と数えてから勢い良く地を蹴った。

 予想通り、耳元で「うらめしや」とか何とか声が聞こえたけどその場をすぐに駆け抜けた上に目まで瞑っているから怖くはない。


 15メートルほど走ったところでもう大丈夫かな、と目を開けたのが不味かった。

 「ヴァァァア・・・!」

 くぐもった声を上げて目の前に立っていたのは顔を包帯でグルグルに巻かれた男だった。

 「――――――――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 包帯男もビックリな大声を上げてその場に座り込んで目を堅く閉じる。
 必死に足や手を振り回すと何かにぶつかり、それから呻き声が聞こえた気がしたけれど確認する余裕もなかった。

 全ての気配が消えて叫びすぎて枯らした喉で咳き込みながらソロリと目を開けるともう包帯男の姿はどこにもなかった。
 それにホッとしたものの、入り口付近とは比べ物にならないほど不気味な風景に再び泣きそうになる。

 もう恥じも外聞もかなぐり捨てて潔く引き返そう、としたのだが、

 「あ・・・れ?」

 立てない。何度やっても力が入らずに座り込んでしまう。どうやら腰が抜けてしまったらしい。

 「嘘・・・!?やだ・・・!」

 こんな今にも出そうなところで一人・・・耐えられない!
 しかしいくら立とうとしても結果は同じだった。歯がゆい思いに恐怖も加わってついに涙が溢れ出る。

 「や・・誰か・・・」

 その時、震えて必死に助けを求めていたあたしの背中にふわりと優しい温もりが生まれた。

 「・・・だいじょぶ」

 拙い日本語が耳元に染み入るように降って来る。首だけで振り向くと御影君があたしを背後から包み込むように抱き締めてくれていた。

 どうして、と言う驚きの声はしかし不機嫌なそれに遮られた。

 「何をどさくさに紛れて義姉さんに抱きついているんですか、セクハラですよ」

 そうして帝君は御影君の首根っこを掴むとあたしから強引に引き剥がした。
 もう何が何だか分からなくてただ目を瞬かせるしかないあたしに美子が心配そうに駆け寄って来る。

 「大丈夫、茉莉ちゃん?外からでも凄い悲鳴が聞こえて急いで来たんだよ」
 「え・・・」

 確かにあれだけ凄い悲鳴だ、外に聞こえてもおかしくない・・・けど、恥ずかしい。
 今更だけどあんなに大丈夫だって言っておきながらこの失態・・・帝君が何て言うか。

 でも意外な事に悪魔は心配そうな素振りを見せた。それが本心かは分からないけど驚いた。

 「・・・大丈夫ですか?」
 「う・・・ん。でも、ちょっと腰が抜けちゃって立てない・・んです」

 恥ずかしさのあまり彼の顔を直視出来ない。きっと今度こそ馬鹿にしたような笑いを浮かべているに違いないんだから。

 だけど帝君が嫌味を言うより先に不意打ちのスペシャリスト、御影君がとんでも無い事をしでかした。

 「歩け、ない・・・なら・・こぉする」
 「きゃぁ!?」
 「んなっ!?」

 いわゆるお姫様抱っこであたしを抱き上げるとそのまま無表情にお化けに怯える事もなく出口に向かって歩いて行く。

 後ろから帝君の焦った声と美子の黄色い悲鳴が聞こえてくるのを感じながら取りあえずあたしは火照った顔を隠しながら大人しく彼の胸に収まっていた。


 最悪だったお化け屋敷も悪魔と天使のお陰で少しは・・・楽しめたかな?でも、やっぱり二度と入るのはごめんだけどね。











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